LOGIN「エーリック様、試合お疲れ様ですわ」
ウェルシェは満面の笑みで出迎えた。だが、エーリックの方は少しばつが悪そうに顔を曇らせた。
「ごめん、せっかくウェルシェが応援してくれたのに負けちゃった」
「そんな……とっても素晴らしい試合でしたわ」
気落ちするエーリックをむしろウェルシェは褒め称えた。
「負けたのに?」
「エーリック様の勝利を願ってはおりましたが、勝敗は兵家の常ですわ。それともエーリック様は、優勝以外価値がないとお思いなのですか?」
「そんなことないけど……やっぱり好きな女の子の前じゃカッコいいところを見せたいじゃないか」
「まぁ、エーリック様ったら」
ウェルシェがポッと頬を染めた。
「私のためにそこまで&hellip
――剣武魔闘祭二日目広場の中央にウェルシェは一人ポツンと佇んでいた。周囲は草むら、瓦礫、柵、塀などの遮蔽物で囲まれている。ウェルシェは白いシャツの上に赤いジャケットを羽織り、下は珍しくタイトな黒いズボンを履いていた。この広場を囲む観客席には人が埋め尽くされていたが、みな固唾を飲んでウェルシェを見守っている。――『射撃用特設会場』今から魔弾の射手本戦の第一試合が始まるのだ。「スーーーッ、ハァーーー……」珍しく緊張しているのか、ウェルシェは息を深く吸い込んでゆっくり吐き出して全身の力を抜いている。観客席は満席であったが、ウェルシェの耳には自分の呼吸音だけしか入ってこない。まるでウェルシェ一人だけの世界のように静寂が支配する――『開始10秒前、9……8……7……』突如、会場にカウントダウンのアナウンスが響いた。『……4……3……』カウントが進む中、ウェルシェは両手に持つ指揮棒の形状をした魔杖を僅かに握り直す。『……1……ピーッ!』ガコンッ!開始の合図と同時に『敵』と記された人型の標的がウェルシェの右前方にある草むらから迫り出した――瞬間、右の魔杖を素早く振った。ヒ
「エーリック様、試合お疲れ様ですわ」ウェルシェは満面の笑みで出迎えた。だが、エーリックの方は少しばつが悪そうに顔を曇らせた。「ごめん、せっかくウェルシェが応援してくれたのに負けちゃった」「そんな……とっても素晴らしい試合でしたわ」気落ちするエーリックをむしろウェルシェは褒め称えた。「負けたのに?」「エーリック様の勝利を願ってはおりましたが、勝敗は兵家の常ですわ。それともエーリック様は、優勝以外価値がないとお思いなのですか?」「そんなことないけど……やっぱり好きな女の子の前じゃカッコいいところを見せたいじゃないか」「まぁ、エーリック様ったら」ウェルシェがポッと頬を染めた。「私のためにそこまで……」「だけど、負けたら格好がつかないよね」ははっとエーリックは力無く笑ったが、ウェルシェは首を横に振った。「いいえ、エーリック様はとっても素敵でしたわ」「ホント?」「はい、エーリック様の勝利するお姿を拝見できたら、きっと私はとっても喜んだと思います。ですが、勝ち負けなんて関係なくエーリック様はとってもカッコ良かったですわ」「そ、そうかな?」「ええ、もちろん! いつも一所懸命なエーリック様は私にとって世界で一番輝いていますわ。今日この日のために努力されていたエーリック様はいつだって誰よりも最高にカッコいいのです」「ウェルシェ……ありがとう」エーリックははにかんで頬をぽりぽりと掻く。「嬉しいよ……ウェルシェの励ましが何より」「励ましでは
「しかし、それでも全ての分野を理解するのは困難かと思われますが?」ウェルシェは闘技場の出入り口でエーリックを待っていた。レーキはそこで先程の話題を持ち出した。「それはそうよ。人は全能ではないんだから」「ならば未知の分野に関してはどのように対処すれば良いのでしょう?」これに対する明確な解答はないとレーキにも分かってはいる。そんなものがあれば為政者は誰も困らない。「その分野に明るい者を評価者として登用するしかないわね」レーキの思った通り、ウェルシェといえども解決策はそれくらいしかない。「ですが、その者が本当に正当な評価ができる人物かを判断するのは困難ですよね?」「当然でしょ。人柄もだけど、癒着する可能性もあるしね。できるのはせいぜい成果に対して正当な褒賞を与え、不正に備えて罰則を作っておくことくらいね」ああ、成果が出ないのに罰を与えるのはなしよ、とウェルシェは付け加えた。「それでは現場監督が成果主義に走っちゃうから」こうなると中間管理職である現場監督は下を締めつけ上に媚びる他なくなってしまう。「しかし、それでは不正しなくとも怠ける者が出てきませんか?」「それでもよ。もともと任命した者にも責任があるんだから」「成果は部下のもの、失敗は上司のものですか……上に立つ者は大変ですね」レーキは自分が部下の地位で心底良かったと思う。「それが国王になる者、領主になる者、組織の頂点に立つ者の心構えよ。そうでないと組織の屋台骨はどんどん歪んでしまうもの」「とはいえ、人は他人を理解できませんから完璧な統治はできないことになります」「完璧なんて無
クラインが起こした騒動で多少進行が遅れた。だが、その後は順調に予選が消化されていった。「勝者リハルト・リッチモンド!」そして、たったいま剣部門予選最終組の決勝戦の判定が主審よりくだされた。それは同時に、対戦相手のエーリックが健闘虚しく予選敗退となったことを意味した。貴賓席から観戦していたウェルシェは、善戦した婚約者に立ち上がって惜しみない拍手を贈る。「もう少しでエーリック殿下も本戦出場でしたのに、惜しかったですね」「まあでも、予選決勝まで進出できたなら上出来じゃない?」ウェルシェとしてはエーリックに武勇を求めてはいない。なぜなら彼は将来グロラッハ家の当主となるのであって、騎士になるわけではないのだから。「エーリック様は他にも幾つか参加されているしね」「ですが、どれも本戦へと進めてはいないようですが?」「だけど、どれもけっこう良い線はいってたのよ?」ただ、残念ながらエーリックは出場した全ての競技で予選落ちしていた。「あなたは魔術部門の競技で本戦出場を果たしているのに、大きな差ができてしまいましたね」魔術部門にはウェルシェのような令嬢でも参加できるゲーム的な競技が幾つもある。キャロルが出場している魔術アート部門や、作製したゴーレムを各種種目で競わせるゴーレムコンテストなどなど、多数の部門に分かれている。その中でウェルシェは花形競技である氷柱融解盤戯と魔弾の射手の二競技で本戦出場が決まっていた。氷柱融解盤戯は8×4のマスの盤上に互いの色がついた氷柱を交互に並べ、時間内に相手の氷柱を何本溶かせるかを競うもの。
――キンキンッ!剣と剣がぶつかり合い、乾いた金属音が会場に響き渡る。「てやーッ!」「ふっ!」円形の闘技場の上で、二人の男子生徒が剣を振るって戦っていた。仕切り直しと、いったん間合いを取った二人は対峙して睨み合う。燃えるような赤髪の美丈夫が、身の丈はありそうな大剣を正眼に構える。対する新緑の如き髪の少年は両手にそれぞれ剣を持ち斜に構え、右の剣を前に左の剣を後ろに隠す。――わぁぁぁあ! 埋め尽くされた観客席から歓声が沸き起こった。――剣武魔闘祭初日。マルトニア学園で武闘と魔術の祭典が始まった。学園内の各所で様々な競技が行われており、ここ闘技場でも剣闘の部『剣部門』予選が順調に進行していた。この対戦は予選第一組の決勝戦。勝者が本戦へと駒を進められる。「クライン様は相変わらずのようね」貴賓席で観戦していたウェルシェが呆れた声を漏らす。「それでも予選決勝まで進出したのは大したものです」背後に控えていたレーキは、擁護するような事を口にした。だが、それとは裏腹に声は冷え冷えとしたものだった。「相手の方……双剣とは珍しいわね」「彼は二年のラーズ・ラースです」「強いの?」いいえとレーキは首を横に振った。「弱くはありませんが、昨年は同じく予選でクラインと対戦して一蹴されています」「…&he
「ぜんっぜん上手くいってないじゃないのよぉ!」一人になると、アイリスは盛大に悪態をついた。「せっかく好みのイケメンがいっぱいいる『あな嫁』の世界に転生したのに!」アイリスは転生者である。彼女には日本人だった前世の記憶があった。前世もそこそこ可愛い容姿だったので、大学時代はオタサーに入って男子にちやほやされていた。だが、調子に乗って色目を使いまくって、男達に貢がせまくっていたのがいけなかった。痴情のもつれで刺し殺されてしまったのである。まさに自業自得、因果応報、身から出た錆。アイリスは知らないが、葬式では知人女性達からザマァと舌を出す者は多くいたが、涙を流す者は一人もいなかった。まったくもって一片の同情の余地なし。ところが何の因果か、前世で遊んでいた乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』とそっくりな世界に転生したのである。「前世はちょぉっと失敗しちゃったけどぉ……」アイリスはクルッと一回転すると、制服のスカートがふわりと飜る。「こ〜んな可愛いヒロインに転生できたんだからプラマイゼロよね」大きな瞳の可愛い容姿にスレンダーな身体。アイリスはヒロインと呼ぶに相応しい愛らしさだ。「神様が私を憐れんで再び与えてくれたこのチャンス、ぜぇったい物にするんだから」前世でやらかしてもなおめげないアイリスのド腐れ根性は呆れを通り越して感心すらする。「だけど問題はあの悪役令嬢どもよ」ヒロイン転生したと知ったアイリスは憧れの制服に身を包み、ウキウキ気分でマルトニア学園の門をくぐった。&nb
――マルトニア学園入学式の日校門から校舎へと続く道にスリズィエの花びらが舞う。奥へと更に奥へと進めば、入学式が執り行われている大講堂へと続く。その中には今年入学する新入生とその保護者が集まっていた。「新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」式が進行していく中で、一人の少女の名前が呼ばれた。「はい」凛とした声が講堂の中に響いた。
「私ってそんな尻軽な女に見える?」四阿に戻ったウェルシェの愚痴にカミラは首を傾げた。「いきなりどうなさったのです?」「さっきエーリック様が仰っていたでしょ?」お茶を注ぎながらカミラは、ああと得心がいった。「お嬢様が他の男に心移りするかもってやつですか?」それよそれとウェルシェは不満そうに口を尖らせた。そういう幼い振る舞いは年相応に可愛いなとカミ
「エーリック様、いらっしゃいませ」「やあ、また来たよ、ウェルシェ」ウェルシェの予想は大当たり。「迷惑じゃなかった?」「そのようなことありませんわ」エーリックは儚げで、庇護欲を掻き立てるようなか弱い女性が好みだった。足繁く通う彼はウェルシェのかまととの完全な虜である。「エーリック様にお会いできて私はとても嬉しいですわ」「えへへへ、そ、そう?」ウェルシェの笑顔にエーリックがデレデレになる。手のひらでコロコロ転がされているとも知らずに。端で見ていたカミラはなんとも完璧な猫かぶりだと感心するやら呆れるやら。もともとウェルシェは幼少期より儚げな深窓の令嬢を演じて、海千山
「名残惜しいですが、そろそろ帰らねばなりません」「まあ、もうそんな時間なんですの?」「楽しい時間はあっという間ですね」エーリックが器用にウィンクすると、ウェルシェがパッと花が咲くように笑った。「また、あなたにお会いできる日を楽しみにしております」「私も楽しみにお待ちしておりますわ」潤んだ瞳でウェルシェから可愛く見上げられ、エーリックはすっかり舞い上がってしまった。(これって、ウェルシェも僕に恋しちゃってるんじゃない?)エーリックはカッコよく颯爽と帰るつもりだった。だが、顔は締まりがなく、足取りも地につかずふわふわして覚束ない。「あらあら、あんなにフラフラして大丈